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創造的『ソーシャル・ビジネス』の建設

以前の「秀逸なるコラム」のご紹介で、「グラミン銀行にみる、新たな資本主義への希望」を掲載させて戴きました。
SAM16様に「おちょくられ」(笑)ながらも、恥ずかしげも無く第2弾です。

前回同様、一橋大学の米倉教授のコラムです。
こういう事業こそ発展する社会が「理想」なんですけどね。


前回は、2006年にノーベル平和賞を受けたムハメド・ユヌス博士とグラミン銀行について書いてきたが、今回は彼らが模索する新しい資本主義について考えてみたい。

僅か27ドルを42人に貸し付けて始まったグラミン銀行は、800万人に毎年10億ドルを貸し付ける大成功をおさめ、さまざまな独自事業・合弁企業を立ち上げてきている。
そうした経験をもとに、ユヌス博士は、ビジネスとして成功しながらも利益は社会還元するという「ソーシャル・ビジネス」という概念を提唱しているのだ。

彼らによれば、ソーシャル・ビジネスには2種類ある。ひとつは、先進諸国の大企業とグラミンとの間に設立される社会的事業を目的とした合弁企業形態である。
こうした企業は、普通企業と同様に利潤追求を行うが、利益は経営効率化やさらなる事業拡大に向けられ、配当は行なわない。

もう一つのタイプは、地元の貧しい人々によって所有される株式会社形態である。
グラミン銀行がまさにその形態で、同行の借り手たちは僅かなお金でグラミン銀行の株を買っている。同行の借り手以外に株式を譲渡することは出来ないが、利益が出れば配当を得ることが出来る。

この発想が素晴らしいのは、国際援助に使われている何千億ドルという支援金や企業のCSR資金をこうした企業に投資すべきだという主張である。
例えば、途上国で橋梁建設を行う場合、政府や国際機関は資金をその国の政府や公共機関に手渡してきた。
しかし、その多くは汚職や無駄な事業費に消えていった。

そこで、地元の貧しい人たちに所有させる橋梁建設企業を設立し、国際的資金を投資するというアイデアである。もちろん、経営を担うのは優れたプロ経営者で、事業によって利益を上げたうえで貧しい人々に配当を行い、さらに内部留保して事業拡大していく、すなわち、一度きりの国際援助と違いより多くの橋梁建設を実行することができるのである。

このアイデアの応用範囲は、道路、港湾、上下水道など社会基盤整備事業に拡大できる。
さて、ユヌス博士と話していて強く感じるのは、彼が資本主義を、さらには人間の能力を本当に信じていることである。
最近、資本主義や構造改革論は分が悪いが、僕は心の底から資本主義と構造改革の信奉者である。したがって、簡単に懺悔などすることはできない。
この世界をより快適でエキサイティングなものにしてきたのは、資本主義体制の中でイノベーションを創造し続けてきた才能ある企業家(アントルプルヌア)たちと確信しているからだ。

サッチャーリズム=レーガノミックスが提唱したように、こうした才能ある人々の創造性や野心を存分に発揮させる規制緩和や既得権益打破は絶対に必要なのである。
その意味で構造改革だ。ただ、僕自身が反省するとすれば、こうした才能ある人々を解放して経済全体を牽引する成長モデルだけしか視野に入れていなかったことだ。

ユヌス博士も才能ある人々の創造性や可能性を信じて疑わない。
しかし、彼が信じて疑わないのはトップリーダーたちの能力だけではなく、最下層にいる人々の創造性でありビジネス能力なのである。

彼は「成長と発展」は違うという。「成長」とはまさにトップ10パーセントの人々に大きなインセンティブを与えて、経済全体を牽引させることである。例えば、中国の成長を見ればいい。
毎年10パーセント近い成長を重ねてきたが、豊かになった沿岸部と貧しいままの内陸部との格差は放置されている。
こうした格差拡大は、サーチャー女史の「強者は弱者を救えるが、弱者は強者を救えない」という名言で正当化されてきた。

しかし、ユヌス博士のいう「発展」とは社会の最下層にいる25パーセントの人々を豊かにすることなのだ。
最下層の人々もチャンスさえ与えれば、きわめて創造的で企業家的なのだと。
確かに、グラミン銀行は乞食にでさえ資金供与をしている。
彼らは正規の教育を受けたことさえないのに、実にさまざまな工夫をはじめて自立していくという。博士の人間に対する信頼は並大抵ではないのだ。
これは僕が反省すべき点であった。

この話を聞いて、僕の頭に浮かんだのは、先頭機関車が牽引する旧来型鉄道モデルではなく、先頭から最後部まですべての車両がモーターをもつ新幹線モデルだった。
そしてこの日本のイノベーションの原型は、まさに戦後日本の発展そのものだと思い至ったのである。



ウーン、考えさせられますな。







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コメント

七誌様、コメントありがとうございます

七誌様
コメントありがとうございます。
この国では、「季節ごとに宗旨替えする」人が財政・金融三大臣を兼務しています。一人で出来るなら、わざわざ分離する必要も無いのに、と思いますが(笑)。
財務省筋(末端ですが)によると、「怖くて本当のことを言えない」ほど財政は「痛んで」いるそうです。
これでは、民主党を中心とした与野党逆転をしても、「効果的な財政出動」ができないかも知れません。
この阿呆予算を争点の一つとして「国民の信を問う」べきだと考えております。
またのご教授をお願い申し上げます。

不況脱出の方策として、よく言われるのが「穴を掘って埋めても乗数効果」というケインズの説明です。
しかし、ケインズ的対策は、あくまでカンフル剤であり、根本治療としては「創造的破壊」のシュンペーター的対策が必要になる、と考えます。
麻生景気対策は、まさに「穴を掘って埋める」の類。
どうせ財政出動するのなら、「穴を掘って埋める」よりは、世の中のためになる使い途を考えませんか?と言いたい。
ケインズとシュンペーター、どちらかではなく、両方に有効な対策が出てこないのは、官僚にアイデアを出させたからでしょう。
与党のビジョンの無さに泣けます。

第2弾に賛同!

第2弾を書いていただけて、大変良かったです。

前回のムハメド・ユヌス博士の記事に於いても、コメントを書かせて頂きましたが、「アイリッシュ・アメリカン」主体の、弱肉強食型の20世紀型資本主義の終末が完全に来たということを、実感しています。
今までの資本主義は、それはそれで良かったのですが、経済的により高度に発展する為には、牽引車である先進国が、ある一定レベル発展を継げた時点で、何度か大きな壁にぶつかります。
特に「弱肉強食型の資本主義」では、強者の身勝手ばかりが目立ち、挙げ句の果てに共食いまで始まり(今回の金融危機)、最終的に行き詰まりが来たのだと思います。
そこに新たに、【人間の幸せ】というキーワードが加わった資本主義の形態で、新らしい資本主義として発展していく可能性が大いにあるのではないでしょうか。
オバマ大統領の演説にも共通する物があります。

特に私は、元々、米食文化の日本人には(東洋人には)、特に、ここ10年程、合わない部分が多いと感じていました。
経済の牽引車であるアメリカの経済システム(彼らの言うグローバルスタンダード)を飲まざるを得なかったわけですが、既に、経済牽引車の中心もブリックス、特に中国とインド(両国だけで世界人口の1/3以上)という日本に近い国に移ることで、当然、歴史、価値観、宗教観の違いもあり、資本主義の形態も変わざるを得ないと思っております。
そう言う意味で、インドからムハメド・ユヌス博士の出現は、とても大きなことだと思います。

日本も早くこの状況変化を確りと捉え、思考を切り替えることが出来れば、新たな発展が期待できるのですか・・・

一言だけ、簡単な部分を具体的に書けば、
大企業は下請けの中小企業をこき使い、価格競争だと、コストダウンを迫り、自分達だけは稼ぎまくり、内部留保金を史上まれに見る金額にまで貯め込み、挙げ句の果てに、金融危機だと言って、契約を含めた期間労働者をいとも簡単に切り捨て、下請け企業が潰れようが、見向きもしない体質が、如何に根本的に間違っているのかが解ると思います。
今の大企業は、下請け企業があって成り立っているのであり、また、下請け企業の技術力があってこそ、大企業として世界でビジネス展開が出来ているのです。
これは言い換えれば、極論ですが、大企業だけでは製造能力が無いにも拘わらず、営業力だけで大企業になっているだけなのです。
もともと、日本の企業は下請け企業やけ期間労働者を大事にしていたものです。
しかし、何時の間にやら、グローバルスタンダードに飲み込まれ、特に、電気IT部門に於いては、企画力に乏しく、あっと言う間に韓国勢に追い抜かれてしまいました。
大企業の省庁とのもたれ合いも、悪くなる一方の原因です。
消費者に何のメリットもない、詰まらない(天下りを含めた利権がらみ)規制ばかり作り、消費意欲すら落としていることにも気が付かない程、重傷なのにも拘わらずです。

大企業は、企業の成り立ち全体論からもう一度考え直す必要が有るのではないでしょうか。
下請け企業を大事にすることと、下請け企業と一緒に物作りをするのも、発想力や企画力のない、組織化されすぎ、公務員化しすぎた大企業には必要なことです。
そうすることにより、「より売れる」、言い換えれば、「より買いたいと思う」商品ができます。
>『先頭機関車が牽引する旧来型鉄道モデルではなく、先頭から最後部まですべての車両がモーターをもつ新幹線モデルだった。』
と同様の考え方だと思うのですか・・・

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